ブータンのキノコ
大舘一夫(東京都)


a  1996年8月3日〜8月10日の8日間(内3日間はタイ・バンコク滞在)ブータンの植物とキノコを観察する企画に参加する機会がありました。
 ブータンはヒマラヤの中央に位置する九州を一回り大きくしたほどの面積の国ですが、インドと国境を接する標高150m程の南側が熱帯であるのに対し、標高5,000mを越える北側は寒帯と気候が多様で、したがって、林層も大変変化に富んでいます。モンスーンの影響を受けた湿潤森林が高度とともに、熱帯低地林、常緑広葉樹林、針葉樹林、高山草原と展開していきます。また、これらの湿潤森林に加えて大きな河谷に沿ってはブータンマツやヒマラヤゴヨウマツ等の乾燥森林が分布しています。このように多様な植物層の中、当然のことながらキノコもその種類・数ともに戸惑うほどに豊富でした。
 今回のキノコの観察地点は標高2,400mから3,800m程の所で、樹種は乾燥森林のヒマラヤゴヨウマツ、針葉樹林のカラマツ・モミ・ツガ・トウヒ等とこれに混交するカンバ・ヤナギ・ミズナラ等の落葉樹、カシ・ウバメガシ等の照葉樹等が見られました。以下、各観察地点で観察できたキノコの種を示します。
 尚、種名の後に特に記述の無いものは日本産のものとほぼ同じ形質と考えられたものです。また、複数の観測地点で観測できたものについては最初の観測地点にのみ示しました。

8月4日パロ「ト゛ゥルックホテル周辺」(標高2,400m)
ヒマラヤゴヨウマツの疎林
ハラタケモドキ Agaicus placomyces : 傘は白い地に褐色のささくれがありました。
ヤケアトツムタケ Pholiota highlandensis:付近には炭の破片がありました。
ヒダハタケ属の一種 Paxillus sp.:イチョウタケの近縁と思われます。
ホコリタケ属の一種 Lycoperdon sp.:表面は淡灰褐色で細かいひび割れ状の模様がありました。

8月5日 チェレラ峠第一観察地点 (標高2,870m)
ヒマラヤゴヨウマツ、トウヒ、カシ等
ムラサキシメジ Lepista nuda:傘の径15cm程の見事なものでした。
ヒメベニテングタケ Amanita rubrovolvata : ツボとイボの色は日本産では赤いものが多いようですがこれは黄色でした。ゲネカ村でも観察できました。
コガネテングタケ A. flavipes : かなり広い範囲で見られました。
ヒロヒダタケ Oudemansiella platyphylla
イチョウタケ(近) Paxillus sp.: 日本産のものに比べ傘の色が鮮やかで、大きさも5cm以上ありました。
ベニハナイグチ Suillus pictus : ヒマラヤゴヨウマツの下にありました。
イグチ科の一種 Boletaceae: 傘に顕著なしわがあり、孔口は極めて密で淡いクリーム色、柄には全体に縦長の網目がある大型のイグチ。傘の様子ではヤマイグチ属。孔口、柄からはニガイグチ属とも考えられます。
ベニタケ属の一種 Russula sp.: 赤いベニタケで、ヤブレベニタケの近縁と思われます。
キハツダケ Lactarius flavidulus :
ハナホウキタケ Ramaria formosa :ブータンでは食用としているようです。ゲネカ村でも観察できました。
ハナビラタケ(近) Sparassis sp.:日本産ではクリーム色ですが、これは透明感のない白色でした。
ホコリタケ Lycoperdor perlatum:
チェレラ峠 第二観察地点 (標高3,140m)トウヒ、ツガ、カラマツ等
ウスヒラタケ Pleurotus pulmonarius
キツネタケ Laccaria laccata
カレバキツネタケ Laccaria vinaceoavellanea
フウセンタケ属の一種 Cortinarius sp. : 大型で傘が緑色、青臭い強烈な匂いがしました。
イグチ科の一種 Boletaceae: 大型で傘はオレンジ褐色、周辺には溝状の皺。孔口は紫褐色で極めて密、管孔は黄色。柄は太く黄色の地に紫褐色の粒点。肉は黄色で傷つくと青変し、さらにワイン色に変化し、苦みがありました。

チェレラ峠 第三観察地点(標高3,790m) トウヒ、ツガ、カラマツ、モミ、シャクナゲ等
キララタケ Coprinus micaseus
フウセンタケ属の一種 Cortinarius sp. : 傘は褐色の地に白い外被膜が絣状に残り、柄も綿状の被膜で覆われ、ツバフウセンタケ亞属に属すると思われます。
アカハツ Lactarius akahatsu : ゲネカ村でも観察できました。

8月6日 ゲネカ村観察地点(標高2,735m)
ヒマラヤゴヨウマツ、カシ、ヤナギ、ミズナラ等
サクラシメジ Hygrophorus russula : 傘の径が15cm程の大型で美しいピンク色のものがありました。
シャカシメジ Lyophyllum fumosus : 現地の人も美味しいキノコだと言っていました。
マツタケ Tricholoma matsutake : ヒマラヤゴヨウマツの下にありました。お腹いっぱいたんのうしました。
ウラムラサキ Laccaria amethystea : 日本産のものより紫の濃い美しい色をしていました。
ヌメリツバタケ Oudemansiella mucida
チャタマゴタケ Amanita hemibaph subsp. similis:オリーブ色の見事なものでした。
ショウゲンジ Rozites caperata : 日本産のものとほぼ同じで、食用にしているようです。
ササタケ属の一種 Dermocybe sp.
イロガワリキヒダタケ Phylloporus bellus var cyanescens
アミハナイグチ Boletinus cavipes
ベニハナイグチ Suillus pictus
アワタケ Xerocomus subtomentosus
イロガワリ Boletus pulverulentus
シロハツ Russula delica
シロハツモドキ R. japonica
クロハツ R. nigricans
クサハツ R. foetens
カワリハツ R. cyanoxantha
ハツタケ Lactarius hatsudake
ホウキタケ Ramaria botrytis : ホウキタケの類はほとんど食用にするようです。
コガネホウキタケ R. aurea :
アンズタケ Cantharellus cibarius : 日本産のものとほとんど変わらないように思います。
ブータンでは広く食用にされているようで食事にも何度か出ました。道端で土地の人が売っていました。
ウスタケ Gomphus floccosus
クロカワ(近) Boletopsis sp。 : 日本産のものに比べ傘の色が淡く管孔が灰色がかっていましたが、試食した限りではクロカワそのものでした。
ヒグマアミガサタケ Gyromitra infla : 唯一の子のう菌でした。

 以上50種ほどのキノコをなんとか同定いたしました。種名をつけた多くのものは日本産と同じ種であるとは思いますが、形や色が若干異なるものもあり、これが個体変異の範囲内のものであるか否かは、さらに微細構造の観察が必要であると思われます。また、種名どころか属名、科名の見当もつかないものがいくつもありました。勿論、そのほとんどは私の不勉強によるものですが、日本では見られないような未知の種もかなりあるように思われます。
 キノコに限らず、多くの分野においてブータンには未知の世界が数多く残されています。それはブータンの魅力であり宝であると思います。現在ブータンは自然との調和を図りながら近代化を進めているとのことです。しかし、首都テンプーを始めとする都市部では、我々の持ち込む物質中心主義の影響が徐々に広がりつつあるようにも感じられました。ブータンの自然が、ブータンの人々にとっても私達にとってもいつまでも魅力あるものであって欲しいと願うものです。



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