糞生菌の観察
横山 元 (さいたま市)


a  動物の排泄物の糞に発生する菌類は,今までに多くの人たちによって研究されてきました。私たちも菌類観察で野山に入ると野生動物の糞に発生した菌類を観察することができます。野山で見られる野生動物糞はシカやカモシカ,ノウサギ,クマ,タヌキ,イタチ,ネズミ等が見られます。家畜のウマ,ウシ,ヒツジ,ヤギ,ウサギの糞にも多くの菌類が発生します。鳥類や昆虫の糞にも菌類の発生が知られていますが,動物の種類によって発生する菌類は多少異なります。
 動物の糞には細菌,放線菌,粘菌,菌類,原生動物,節足動物,線虫などの生物が住みかとし,分解者として活動しています。糞上に発生する菌類の移り変わりはおおまかに,接合菌→子のう菌→担子菌となっています。これらは草食動物よりタヌキ等の雑食動物糞に顕著に出現します。動物糞は菌類の遷移観察に適材です。
 かつて,マッシュル−ムの栽培に馬糞が利用されたり,サケツバタケやササクレヒトヨタケのような優秀な食用菌も発生します。また,最近では牛馬糞周辺に発生する催幻覚性の毒キノコが注目されています。身近な動物糞に発生する美しく魅力ある糞生菌の観察に,一人でも多くの方が挑戦なされることを期待しています。なお,写真の菌類和名はわかるところまで記載いたしました。

1.ウマ (Fig.1)
 馬糞は糞生菌が発生しやすく多くの菌類が観察できます。近くの浦和競馬場野田きゅう舎から馬糞が搬出され田畑に野積みになっています。馬糞は稲ワラと混ぜ合わせ,たい肥にされる過程でも菌類が発生します。馬糞からじかに発生したものと稲ワラに発生する菌類があります。
きゅう舎では汚れた稲ワラを天日乾燥させ繰り返し使用しています。馬糞から発生した菌類は糞生菌であり,稲ワラに馬尿が濃縮され発生したものはアンモニア菌の可能性があります。その両方に発生する菌類もあります。
 シロシビン・シロシン等を含む催幻覚性の毒キノコの多くは,ウマとウシ糞周辺に発生します。これらの毒キノコを使用した幻覚が原因で死者が発生しています。厚生労働省は近々,催幻覚性のキノコを規制するそうです。
Fig. 1 馬糞/ヒトヨタケ科ヒカゲタケ属
ワライタケ

2.ウシ (Fig. 2, 3, 4)
 最近のウシは植物を採食せず,与えられた餌を食べさせられているウシがほとんどです。そのせいか大量に排泄された糞も菌類の発生が少ないのです。馬糞に比べ糞生菌の発生が少ないのは,菌類の胞子が付着した植物を採食しなくなったのと,牛糞の構造にあります。
牛糞は「ベッタラ糞」と言って排泄直後は水分が多く通気性がほとんどないのです。菌が伸びにくく,菌類の発生は馬糞に比べ遅くなります。牛糞はオガクズ等の植物材と混ぜ合わせると菌類の発生が早まります。
畑に肥料として埋められた牛糞からササクレヒトヨタケが群生したことがあります。それにしても,ウシたちは仲間の肉骨粉を食べさせられているとは思ってもいなかったことでしょう。
Fig. 2 牛糞/オキナタケ科コガサタケ属
キコガサタケ


Fig. 3 牛糞/ヒトヨタケ科ヒカゲタケ属
センボンサイギョウガサ


Fig. 4 牛糞/粘菌

3.ホンシュウジカ (Fig. 5)
 栃木県奥日光では生息数増加のためシカの食害で枯死した樹木がたくさん見られます。シカの好物のハルニレの被害が多いようです。最近では下草は食いつくされ,カラマツやウラジロモミにまで食害が及んでいます。生息数の調整や防護柵でシカの食害対策に取り組んでいる方々のご苦労は大変なことでしょう。しかし,菌類の観察をしている私たちには,食害で枯死したハルニレ材に発生する菌類は絶好の観察教材となっています。
シカ糞は奥日光や富士山で観察,採集しています。草食動物の糞は不潔感がなく大量に採集でき,扱いやすく,菌類の発生も容易で初心者の糞生菌の観察には最適です。
Fig. 5 シカ糞/モエギタケ科

4.ニホンカモシカ (Fig. 6, 7)
 国の天然記念物のカモシカも地域によって,生息数増加のため食害が出始めています。カモシカは,ほぼ同じ場所に排泄しますので,一箇所で古い糞から排泄直後の糞まで,糞に発生する菌類を一度に観察することができます。発生していた菌類はその場で観察,撮影してから採集しています。糞も採取してきますが,排泄ごとに仕訳して持ち帰るようにしています。
新しい糞から順に接合菌,子のう菌,担子菌が発生,糞生菌の遷移が観察できます。発生している糞生菌の種類によって,排泄されてからのおおよその日数が分かります。持ち帰った草食動物の糞は
水道水で洗い,ゴミ等を取り除いてから菌類の発生を観察しています。発生し始めた菌類の加湿には霧吹で井戸水を使用しています。
Fig. 6 カモシカ糞/盤菌/スイライカビ科 Fig. 7 カモシカ糞/キシメジ科
オオキツネタケ

5.ヤギ (Fig. 8, 9)
 飼育中のヤギ糞を観察していますが,発生する菌類はいつも同じでそろそろヤギと糞切りしたいと考えています。イネ科やブナ科の植物を変え与えてもヒトヨタケ科の菌類しか発生しないのです。変わりばえしない菌類に飽きてきましたが,毎日排泄される新鮮な糞のほかの利用方法を考えています。
動物糞は地表に露出している場合と,地中に埋もれている場合では,同じ糞でも発生する菌類に違いがあるようです。冬に排泄されたヤギ,ウマ,ウシ糞を雑木林に深さを変えて埋め,どんな菌類が発生するのか観察しています。
Fig. 8 ヤギ糞/ササクレヒトヨタケ節 Fig. 9 ヤギ糞/盤菌

6.ヒツジ
 ヒツジに発生する菌類はヤギとほぼ同じです。飼育しているヤギやウサギは餌をコントロ−ルして,菌類の発生を観察できますが野生動物は難しいです。 タヌキにニワトリの頭と足を与え,糞場を観察したことがありますが,期待したホネタケの発生はありませんでした。
動物糞はモグラのように地中に排泄するものや,地表に排泄され糞虫等により地中に蓄えられるもの,海岸の兎糞のように砂嵐で埋まるものとまちまちで,糞の置かれている場所や環境によって発生する菌類も違ってくると考えています。

7.アナウサギ (Fig. 10)
 アナウサギ(飼兎)とキュウシュウノウサギ(野兎)の糞は大きな違いがあります。アナウサギの糞はヤギやヒツジ,シカ,カモシカと同じように糞の表面が黒くコ−テングされています。ノウサギは馬糞を小さくしたような糞なのでアナウサギの糞に比べ乾燥しやすくなっています。
ウサギは疑反芻動物で最初に柔らかい糞を排泄,食べてしまいます。ふだん見かけているウサギの糞は2度目に排泄された糞なのです。兎糞に発生する菌類は多く,数十種あるそうです。私たちに興味あるキノコも相当発生するようです。
Fig. 10 アナウサギ糞/ササクレヒトヨタケ節

8.トウホクノウサギ (Fig. 11)
 キュウシュウノウサギ(野兎)の亜種で冬毛が白くなります。糞は早春に福島県田島町で多量に採集してきました。残雪上に風で吹き寄せられた糞が一箇所に集められています。早春にはたくさん見られた糞も夏には全く見られなくなってしまいます。排泄されるとすぐに糞虫に食べられたり土壌生物によって分解されてしまいます。さいたま市浦和地区にもノウサギが生息しています。頭数が少なく絶滅状態ですが新鮮な糞を採集できるので貴重な存在です。
核菌類はアナウサギやノウサギ糞に多く発生いたします。2001年に赤堀敬之氏が兎糞に発生した珍菌のハチスタケを発見なされています。(原色日本新菌類図鑑Up.281参照)
Fig. 11 ノウサギ糞/核菌

9.ツキノワグマ (Fig. 12)
 冬眠から覚めたばかりのクマ糞をウンよく採集してきました。5月に福島県田島町で赤熊編笠茸の観察時に見つけた糞を持ち帰り,発生したのが写真のヒトヨタケの仲間です。  クマがこんなに小さくガラス細工のようなヒトヨタケにかかわっていたことを初めて知りました。
NHK・TVで放送されたのですが,ヒグマが木登りして,ハルニレに大発生したタモギタケをむさぼるように食べているシ−ンがありました。春から秋まで発生しているタモギタケはヒグマにとっても美味しいご馳走だったのです。
Fig. 12 クマ糞/コナヒトヨタケ節

10.ホンドタヌキ (Fig. 13)
 「タヌキのため糞」と言われているように,同じ糞場に数年間,排泄しています。タヌキは縄張をもたないため互いに糞場を利用,情報交換をしています。雑食の狸糞に発生した糞生菌も三年観察しております。タヌキのため糞に含まれているカキ種子に発生するカキノミタケが面白いのです。
カキノミタケは自然落下した種子にも発生しますが,動物の消化管を通過した種子の方が発生しやすいのです。また,種子は排泄された場所によってカキノミタケの発生に違いが生じます。湿地帯に排泄された種子にはカキノミタケの発生は全くないし,雑木林では100%発生いたします。種子にとりつくカキノミタケ菌は消化管内や空中からでなく,地中から伸びあがってくるのではないかと思われます。
Fig. 13 タヌキ糞/不整子のう菌/
カキノミタケ属カキノミタケ

11.イタチ (Fig. 14)
 イタチの姿はよく見かけるのですが,どこで排泄しているのかわからず「イタチ糞」探しに時間がかかりました。さいたま市浦和地区郊外の野生動物の獣道はタヌキ,ノウサギ,イタチ,ネズミ等があります。慣れてくると何の獣道だかすぐにわかるようになります。  獣たちの習性を知り「すかし」と言ってその動物の目線の高さで周囲を観察すると獣道が見えてきます。イタチは水辺周辺を生活圏としていますので,川辺が踏み固められていたり,住みかのイタチの坑道がありますので生息がわかります。休耕田の草むらには細いイタチ道も見られます。獣道をどこまでもたどっていくと必ず糞を見つけることができます。糞生菌の観察は動物糞を採集できたら90%成功したと思っていいでしょう。
Fig. 14 イタチ糞/ヒトヨタケ科
ササクレヒトヨタケ節/コナヒトヨタケ節

12.テン (Fig. 15)
 「テンの高糞」と言って,山道をドライブしていると舗装道路わきや岩の上に排泄されているのですぐに見つけることができます。目立ちやすい所に排泄するのはテリトリ−の誇示と異性への情報交換のためです。
イタチは里山に生息していますがテンはやや深い山に生息しています。イタチと同じく肉食と言われていますがタヌキ同様雑食のようです。
雑食動物の糞に発生する菌類は,最初に接合菌のカビが,次にチャワンタケ,そしてヒトヨタケ,オキナタケ、モエギタケ類が発生してきます。ヒトヨタケ類までは,ほぼ一か月以内に発生しますが,オキナタケやモエギタケ類は数か月以上かかるものもあります。カキノミタケのように数年経ったタヌキの糞場に発生するものもあります。発生した糞生菌のほとんどは同定できないものが多いのです。
Fig. 15 テン糞/接合菌/子のう菌/担子菌

13.アカネズミ (Fig. 16)
 ネズミ糞はアカネズミとクマネズミを観察しましたが,クマネズミの糞は接合菌のみの発生でした。採集したクマネズミの糞は約1sで庭のくぼみに放置観察でした。糞は倉庫から掃き集め大量に採集できましたが,排泄されてから数年経過しているようでした。
アカネズミの糞は捕らえた直後に排泄したものです。排泄後5日で接合菌が,7日で子のう菌が発生し,一か月ほど形をとどめていました。動物糞は新鮮なものから観察した方がよいようです。
Fig. 16 ネズミ糞/接合菌/子のう菌

14.ニホンキジ
 林の縁の田畑に生息しているキジの糞はすぐに見つかります。このキジ糞があったのは休耕畑の草むらでしたが観察途中でなくなってしまいました。兎糞と並べて観察していたのですが,キジ糞だけ他の動物に食べられてしまったようです。
シラガシの栽培畑に入ると野鳥の糞がたくさん見られます。キノコもたくさん発生していますが糞とのかかわりは,はっきりわかりません。野鳥によって毎晩同じ止まり木を鳥家としていますので,排泄された糞で地表が白くなっています。菌類の発生にも何らかの関係があると思っています。鶏糞での実験も考えていますが100%配合飼料では面白みがないのでためらっています。

15.カブトムシ (Fig. 17)
 カブトムシ幼虫の糞は生息している朽ちた材の下や木材チップの下層にあります。土ごと採取,ふるいにかけ選びだします。カブトムシ幼虫は体が大きく大食いなのか,長方形の糞を大量に排泄しています。発生したのはビロ−ドヒトヨタケで,このキノコは牛馬糞やチップ材をまかれた所にも発生いたします。
糞生菌と言っても糞だけにしか発生しないもの,植物遺体や動物死体分解跡に発生するものと様々です。したたかな菌類の生き様が観察できます。
Fig. 17 カブトムシ幼虫糞/ヒトヨタケ科
イヌセンボン節

16.クワガタムシ (Fig. 18)
 クワガタ幼虫は多孔菌の菌糸がまん延した材を好んで食しています。糞は排泄直後は四角形ですが,オガクズ状にして後方に押しつけながら食い進みます。クワガタ幼虫は材の中でオガクズ栽培をしているようなものです。
カブトムシやクワガタ糞も自分で採集していましたが,公園に大量に捨てられる糞を発見,それを回収して使っています。庭と雑木林に放置観察で,発生したのは雑木林の方でモエギタケ科のキノコが発生しました。今回は実験しませんでしたが捕獲できるイナゴや甲虫のオサムシ,コガネムシ,菌食性のキセルガイ,カタツムリ,ナメクジ等の糞生菌も面白いことでしょう。
Fig. 18 クワガタ幼虫糞/モエギタケ科

17.イラガ・モンクロシャチホコ (Fig.19)
 モンクロシャチホコ幼虫は夏にサクラの葉を食べつくすほど大発生します。サ
クラ並木の下で掃き集めるとすぐにバケツ一杯になりました。イラガ幼虫は庭のアケビ,モミジを食べていました。ビニ−ル傘を逆さに枝にぶらさげておくとイラガ幼虫糞が採集できます。どちらもわかりやすく言うと毛虫の糞なのです。発生したのは,どちらも盤菌と接合菌でした。 蝶や蛾の幼虫は大発生するものが多く,糞は採集しやすく,草食動物や雑食動物糞と同じ菌類が発生するようです。
アリにかかわる菌類は多く研究されていますが昆虫糞に発生する菌類の資料はほとんどありませんので,これからの研究課題でしょう。
Fig. 19 イラガ幼虫糞/接合菌/盤菌

18.ミミズ
 一番期待していたミミズ糞に菌類が発生しませんでした。一度目はミミズ糞を三つの容器に入れ観察したのですが何も発生しませんでした。秋で気温が低くなったのと,粘土質の糞が原因?。次に腐葉土質のミミズ糞を容器に入れさらにガラス箱で保温しましたが,同じく接合菌さえ発生しなかったのです。ミミズの消化管を通過した腐葉土は窒素分が増し,菌類の発生は容易であると考えていたのが甘かったのです。春になったら再度挑戦してみますが,動物の糞に菌類が全く発生しないとは思えないのです。
(2001/12/31)

参考文献
(さらに詳しく知りたい人のために)
井口潔,生出智哉 共著 きのこ狩りの極意書  p.111 山海堂 1993年
宇田川俊一,他共著 菌類図鑑 上,下 講談社 1978年
久保敬親著 野生動物に出会う本地球丸 1999年
ジェリ−・ミニッチ著河崎昌子訳 ミミズの博物誌 現代書館 1994年
相良直彦著 きのこと動物築地書館 1989年
出川洋介著 接合菌の世界菌懇会セミナ−資料 2002年



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